京マチ子さん逝く(再投稿記事)

お爺ちゃんは腕の良い大工で女優の京マチ子さんの自宅の建築を請け負ったと小さな頃から聞いていました。
その成城学園の家は現存しないようですが先日、京マチ子さんがお亡くなりになった事を知って以前の記事を再投稿しました。
ご冥福をお祈りします。



『三代目のダイアリー』のゆえんは、皆さんご存知だと思いますがここで初代、二代目のご紹介です。
初代である祖父は新潟の出雲崎から上京して丁稚奉公の大工をしていましたが徐々に頭角を現し良い仕事にも恵まれながら独立したそうです。
財閥の別邸や芸能関係者の仕事も請け負っていましたが代表的な仕事が成城学園での女優 京マチ子さんの自宅です。
設計は当時の清水組(現在の清水建設)清水設計部の木造住宅の仕事を請け負っていたそうです。
二代目の父は大工としての経験も少しだけありますが夜学にて建築を学び工務店として組織的な会社作りに取り組みました。


c0019551_18133363.jpg私が幼少の頃から見ていた写真です。
多分50年以上も前のもの
初代(祖父)の田中豊作と京マチコさん
自邸にて
c0019551_1814749.jpg初代(祖父)と二代目(父)
京マチ子さん

父が20代後半であるならば京マチ子さんは
30代前半と言うところでしょうか

この家は現存しないそうですが父は京さんに頼まれて
同じく当時の大スターであった志村喬の経堂のご自宅に
バイクで手紙を届けたそうです。
チャイムを鳴らしたらご本人が直接出てきてビックリ
したという逸話を聞いたことがあります。



これで200記事となりました、12月末で1年になります。
by tanaka-kinoie | 2019-05-23 07:58 | 建築、仕事 | Trackback | Comments(0)
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